舞台の裏方さんに興味あるけど、舞台美術さんと言われても未知の世界ですよね。
舞台美術さんってどんな人が仕事をしているのでしょう。
具体的な仕事の内容や、一日の仕事の流れはどんなふうなのか、舞台美術スタッフとして働くにはどのような道があって、必要な資格などがあるのか。
あなたの気になる業界のリアルを赤裸々にお話します。
舞台技術スタッフ・舞台美術とは
【舞台技術スタッフ】といったときに、その種類は大きく分類すると、舞台・照明・音響・映像の4セクションに分かれており、舞台でのコンサートやダンス、演劇、日舞、歌舞伎、バレエ、オペラなど様々なイベントをテクニカルな面から支えています。
4セクションのなかの【舞台】の仕事をさらに細かく分類していくと、舞台監督・舞台美術・大道具・特殊効果に分けられます。
ここでは、このなかでも舞台美術と大道具の事についてお話します。
この舞台美術さんと大道具さんは、現場の規模や予算などによって、別々の人(別々の会社)が担当する場合もあれば、同じ人(同じ会社)が担当する場合もあります。
たいてい私の場合は、舞台美術も大道具も兼任という形が多いので、そのような現場の話を主に紹介したいと思います。
舞台技術スタッフ・舞台美術の仕事内容は
では、舞台美術スタッフの仕事内容について詳しくご説明します。
業務は、①デザイン業務 →②工房での製作業務 →③劇場での仕込み業務 という順番で進みます。
まずはデザイン業務です。
演出家やプロデューサーと何度も打合せを行い、舞台美術のデザインを提案していきます。
プレゼンには、平面図や立面図、3Dパース、模型などを用います。
個人的には、模型がいちばん自分のイメージが相手に伝わりやすいように思います。
演出家のスタイルも人それぞれなので、イメージだけをふわっと伝える人や、頭の中で大体の舞台装置が決まっている人など様々です。
こちらが提案したデザインも、1発で気に入ってくれることもあれば、何度も何度もデザインの修正を重ねていくこともあります。
デザインが決定すると、次は道具のパーツパーツの設計図・仕様書を作ります。
これを私達は「道具帳」と呼んでいます。
他の大道具会社に道具製作を頼む場合は、図面を見ただけで詳細までわかるように、丁寧で細かい道具帳を作製する必要があります。
壁紙を貼る場合は、壁紙のメーカーや型番を指定します。
塗料を塗る場合は色番号を指定したり、『汚し』という経年劣化の風合いを加えた見本を作製したりします。
自社で大道具製作も担当している場合は、自ら工房で説明ができるので、わりとラフな道具帳だけで進めることも多いです。
道具帳が完成すると、材料の発注を行い、工房で製作が始まります。
コンサートやダンスなどで大規模なもの・もしくはツアーに回るタイプのものは、鉄で作られた頑丈なセットが多く、イベント専門の鉄工所などもあります。
演劇公演の多くは、木で作られたもの、発泡スチロールやウレタンなどの造形物が多いです。
日本舞踊や歌舞伎では、背景幕という大きな布に絵を描く「背景さん」と呼ばれるスタッフもいます。
製作期間は現場の規模によって1週間から3週間程度です。
現場が立て込んでいる場合は、2現場・3現場分を同時進行したりすることもあります。
すべての大道具が完成すると大きなトラックに積み込まれて、劇場に運ばれます。
つぎは舞台で仕込み作業になります。
舞台での組み立て・設置のことを「仕込み」と呼びます。
仕込みは、音響や照明スタッフも同時に行われるので使える時間が限られています。
時間内に仕込みが終わるように、多くの大道具さんを入れて一日で組み立てます。
大道具が組みあがると、それに合わせて照明スタッフが照明の当て方や角度を調整します。
照明が当たると、イメージしている見え方と雰囲気が違って見えることもあります。
そんな場合は、仕込み日の終わりに、「色直し」と呼ばれる修正作業の時間があるので、その時間に修正をします。
修正が終わった状態で、翌日から稽古やリハーサルなどをしてもらい、問題がなければ舞台美術スタッフの仕事は完了です。
舞台技術スタッフ・舞台美術の1日の仕事の流れは
ここでは、私のある一日の仕事をご紹介します。
朝9時から工房で作業開始です。
現在製作しているのは、古民家の舞台セットで、今日は主に塗装作業をします。
今日は、私以外に作業スタッフがあと2人いるので、2人には塗る道具のピックアップや塗り場の準備をしてもらいます。
その間に私は、塗料の色づくりをします。
漆喰の塗り壁という設定なのですが、舞台では予算の都合上、本物を使わずに代替品で本物っぽく仕上げるのが基本です。
撤収のことを考えたら軽く仕上げるのがベストなので、壁パネルもぺらぺらで、選挙の看板のような簡単なつくりになっています。
代替え品で漆喰のようなモッタリとした塗料をつくり、コテを使って漆喰のように塗っていきます。
漆喰壁はコテの跡のつき方が重要です。
その壁パネルに照明があたったときに表情をつくる大切な要素になるため、作業スタッフ2人がまんべんなく塗ったあとに私がすべて仕上げのコテ入れをしていきます。
このような流れで、あっという間に午前中3時間の作業が終わりました。
1時間のお昼休憩を取ります。
他のスタッフは外へ食べに出かけましたが、私は食事中に工房の景色を見ながら次の段取りなどを考えたいので、お昼はいつもお弁当持参です。
13時、作業が再開します。
まだ塗り壁のパネルが残っているので、作業スタッフ2人には午前中と同じ作業を引き続きやってもらいます。
私は、午前中に塗ってすでに乾いたパネルを集めて、「汚し」を入れていきます。
古民家は、築80年という設定なのです。いまのままでは新築住宅の壁です。
水性塗料をつかって長年のほこりや汚れを表現していきます。
汚れは場所によって種類やつき方が違います。
台所の汚れ、外壁の汚れ、リビングの汚れ、煙草を吸う人の部屋の汚れ、それぞれ色の入れ方が変わってきます。
畳の日焼けのあとや、長い間カレンダーを貼ってあった跡など舞台美術のちょっとした表現で、住んでいる人の人間性がにじみ出たりします。
作業に没頭していると、あっという間に15時のおやつの時間です。
大工さんが必ず3時におやつ休憩をとるように、私も工房作業のときはおやつ休憩をいれるようにしています。
2人の作業スタッフのおかげで塗り壁の下地はすべて塗り終わったようです。
その後2人には、柱や梁のパーツにサンダーという電動工具でやすりがけをしてもらうことにしました。
柱や梁は昨日、下塗りが終わっています。
一度塗ったものをサンドペーパーでやすることで、角がおち、塗料も剥げて、経年劣化を表現できるのです。
その後は黙々とサンダーでやする音がつづき、今日は18時で作業終了です。
スタッフが帰ると、私は次の打合せのために工房から稽古場へ移動します。
今日は19時から別の現場の稽古をみながら、打合せが予定されているからです。
この現場には、前回の打合せで模型を提出していました。
しかし、稽古中に役者さんが出入りする際に狭くて不都合な場所が出てきたので、修正依頼がきたのです。
修正した平面図をみてもらい、OKが出ました。
稽古場の床をメジャーで測りながら、ビニールテープで美術セットの場所に印をつけていきます。
そしてそのまま20時から90分の通し稽古を見学します。
21時半、通し稽古が終わり、舞台美術に関しては問題がないことがわかったので、このまま大道具製作作業に入ることを伝えて稽古場を後にしました。
これで本日の仕事がすべて終了です。
舞台技術スタッフのきつさや辞めたくなる理由に関してはこちらの記事で詳しくまとめていますのでご覧ください。
🔗舞台技術スタッフ・舞台美術はきつい?辞めたい理由や乗り越える方法や対策とは
舞台技術スタッフ・舞台美術に必要な資格や免許の難易度は
舞台美術スタッフになるために必ず必要な資格や免許、というものは実はありません。
資格が必要ないので、誰でも舞台美術スタッフになることができます。
敢えていうなら、自動車普通免許ぐらいでしょうか。
造形や装飾につかう大きな素材の買い出しや調達をする場合に便利です。
誰でも舞台美術スタッフになれる、と言いましたが、舞台業界は非常に特殊なので、舞台に関する幅広い知識や経験が大事になります。
まずは舞台一般に関する基本的な知識を習得することが必要です。
あと個人的に、CADソフトを扱えると非常に強いと思います。
ほかにも、CADソフトに頼らずに手書きでパースが描ける力、物事を立体でとらえることができる空間把握能力、デッサン力、なども身につけたいですね。
しかし一番大事なのは、想像力と発想力だと思います。
舞台技術スタッフ・舞台美術に向いている人向いていない人とは
舞台美術スタッフに向いているのは、まず第一に「舞台が好き」な人です。
それから、なんでも楽しんで面白がれる人が向いています。
舞台づくりは、いろんな要素の相乗効果で作品がどんどん面白くなっていきます。
例えば、ある演出があり、それに舞台美術がのっかり、それに対して効果的な照明が提案されると、また美術や演出も「それならもっとこうしよう。」というふうにどんどんと変化して作品がつくりあがっていきます。
そのようにしてものづくりを楽しめる人が、舞台美術に向いている人だといえるでしょう。
逆に、真面目でキチンキチンとルーティーンをこなすようなタイプの人は、舞台美術にかぎらずこの業界自体向かないように思います。
まず、この業界にはルーティンもマニュアルもなく、毎回違う場所で違うものを作り上げる仕事ですので、仕事内容も時間も不規則です。
規則正しい生活が好きな人にはおすすめできない仕事です。
舞台技術スタッフ・舞台美術になるまでの道のりや方法は
舞台美術を目指す人の進路はさまざまです。
一番多いのは、専門学校です。
有名な専門学校として、日本工学院専門学校、ビジュアルアーツなどが挙げられます。
専門学校は大手の会社への就職に強く、インターンもさかんに行っている点が強みだといえます。
次に多いのは、美術系、芸術系大学です。
有名なところでいうと、日本大学芸術学部、大阪芸術大学、京都芸術大学、武蔵野美術大学、などが挙げられます。
また、わたしのまわりには、桜美林大学の芸術文化学群を卒業した人が非常に多いです。
美術・舞台全般に関する幅広い知識や、空間デザインについてアカデミックな面から学べるのが、非常に強みだと思います。
そして、美術系以外の大学からも、舞台美術スタッフになることは可能です。
全体数からみると少数派ではありますが、小劇場・中劇場になると、このように一般大学から人脈を通じてこの世界に入ってきている人たちがたくさんいます。
現場のアルバイトから興味をもってそのまま本職になった人もいます。
基礎知識がない分、不利のような感じを受けますが、そんなことは全然ありません。
実際の現場で経験して学べることが山のようにあるので、まずはそれを吸収して、そのあとで自分に足りない知識を勉強したいと思えば、それから独学で勉強することもできます。
業界のや仕事の内容が「見える」状態から学ぶことは、ゼロから学ぶよりもはるかに習得が早いのです。
舞台美術の仕事は「遊び」の延長線上にある
あなたがイメージしていた舞台美術さんとくらべていかがでしたか?
資格や免許がなくてもこの仕事はできますし、この学校を卒業しないとなれない、ということもまったくありません。
もちろん、演出の意向に沿う、納期を守るなどの基本的なきまりはありますが、クリエイティブな部分においては「きまりごと」はありません。
毎日の仕事も、今回ご紹介したもののほかにも、様々な作業があります。
わたしは以前、小学生向けのワークショップをする機会があったのですが、児童に「この仕事って、毎日遊んでいるみたいだね。」と言われたことがあります。
まさに、この職業の本質をついた感想だと思います。
舞台づくりは、遊びの延長でもあると思います。
「面白い」とか「楽しい」を追求していくのが私たちの仕事でもあるので、「興味がある」「好き」という気持ちがあれば、誰でもこの業界に飛び込むことができます。
いつでもウェルカムですよ!